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母の葬儀に、息子と東京へ。
ナビに出ない教会なのでさんざん迷って、たどり着く。
すでに、牧師さんのご祈祷の最中で、続いて、母の略歴などや聖歌、お説教と続き、難解なお話で、頭痛がしそう。信者じゃない会葬者にとっては、「シオン」や「ヤコブ」といわれてもねえ・・・
息子は神妙に聞き入っていたが、「意味わかんねえ・・」。
母の思い出話を、工場長が、前に進み出て不肖の5男として、
披露させてもらったのが、思いがけず、秀逸な出来であった。
「父ちゃんの話、よかったねえ」と言ったら、息子もうなずいていた。

斎場では、いつも扉の閉まる瞬間が耐え難いものである。肉のある母の体との永遠の決別。
97歳の大往生でも、ゴオー!という音は、耳をおおいたくなる。
ところが、お隣の列では、享年21歳の可愛らしい女性の遺影が飾られ、ご遺体が、まさに扉に入るところで、怒号のような泣き声が沸き起こり、たいへんな愁嘆場になってしまった。こちらの、参会者の意識は、いっぺんにそっちに持っていかれた。
甥などは「おれは、隣にもらい泣きしちゃったよ」。

都会の斎場は、すごいです。お坊さんの隣では、うちの牧師さん、その隣では、なにか念仏のような合唱がはじまり、さまざまな宗教の隣り合う、異様な場所です。

入り口はそれぞれ違っても、願うところは同じ天国の、神のお庭に迎え入れていただくこと。

母と70何年も暮らしていた長兄は、最後の挨拶で、
「どうか、天国の片隅でいいから、母の場所をお与えください・・」と祈っておりました。

帰りの高速の途上で、夕方の雲から、ふた筋の真っ直ぐな光の筋に息子が気づいて指をさす。
聖書では、あれは天使が昇り降りする「光の梯子」。
おばあちゃんも、昇って行ったね。

家に戻って今日は、朝から、賛美歌を流しています。
「主よ、みもとに近づかん」「山路越えて」
山路越えて、一人ゆけど、主の手にすがれる
            身はやすけし・・・・
激動の時代を働きぬいて生きた、母は山路を越えて
ひとり、安息の腕の中に迎え入れられました。


なにはともあれ、チン太、お待たせ!
留守番、ご苦労さんだったね。

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