何日か前のNHK「小さな旅」で、身延山久遠寺の様子を見ました。
日蓮宗の総本山、一度だけ桜満開の春に、場違いな軽トラで登って参拝。
目的は、何かの文献で読んだ「宮沢賢治の分骨された墓」があるという記憶を、
確認する為もありました。
もちろん本堂は素晴らしく、加山又造氏の描いた龍もあったと記憶しています。
賢治の墓は素朴な小さい石で、歌が刻まれていました。
NHKを見てから、もう一度行ってみたくて、HPで調べた所、
あのお墓は、四角い新しい歌碑になっていました。
「塵点の劫をし過ぎていましこの 妙のみ法のあひまつりしを」
かつての記憶の石との違いが納得できなくて、
調べていたところ、新たなものを発見。

韮崎市の東京エレクトロン文化ホールの庭にも新しい碑が建っていると・・・。
「保阪嘉内・宮沢賢治 花園農村の碑」
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仕事一区切りついたし、朝の猫ちゃんの不始末あれこれを片付けて、
思い切って今日は見に行ってきました。
連日休みなしの工場長も作業場から這い出てきて、うれしそう。
真っ赤なジャケットが写り込んでジャマ臭いですね。
鏡のようにピカピカな石なんで、うまく文字が撮れなくて残念でした。
新しい碑で、賢治の親友、保阪嘉内の生まれたこの地を記念して
二人の文章が刻まれています。どちらも、農人として生きる決意と喜びの言葉。
読めば、若々しい情熱が伝わってきます。
(SLの形っていうセンスはどうなんでしょうかねえ・・・)
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「銀河鉄道の夜」・・賢治がジョバンニとすれば、嘉内がカンパネルラ。
どこまでもいっしょに行こう・・と誓い合いながらの突然の友との別れが、
もぎ取られる悲しみが、3月11日に起きたことと重なって感じられました。
カンパネルラは、人を助けようとして溺死します。
賢治の生きた時代には、過去の津波やタイタニック号の事件もあり、
自分を犠牲にしておぼれていった人たちのイメージがあったのでしょうね。

身延山久遠寺に、また碑を確認に行きたいけれど、
足が言うこと聞いてくれるかな?

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